開発・生産段階における特許調査 <侵害予防調査>
侵害予防調査とは
開発・生産段階では、自分のつくった製品を世の中に出すことになりますが、その製品が他社の特許に抵触していないか確認する必要があります。
他社の特許を侵害すると、損害賠償請求や差止請求を受ける場合があるためです。
具体的には、
損害賠償請求=特許侵害品が無ければ他社の製品はもっと売れていたでしょうから、その分の利益を返せ!
差止請求=特許侵害品をつくるな、売るな!
と訴えられる場合があるということですね。
この損害賠償や差止によるダメージは、自社の実施する規模に比例しますから、製品を世に出す前に他社の特許侵害をしていないかを確認しておくことが重要です。
この調査のことを、侵害予防調査(又はクリアランス調査)といいます。
侵害予防調査は、以下のような順序で進めます。
- 自社製品とその実施形態の確認
- 侵害予防調査(クリアランス調査)
- 検索母集団の作成
- スクリーニング
- 精査(自社製品と他社特許の対比)
自社製品とその実施形態の確認
侵害予防調査にあたって、まず①自社製品と②その実施形態の詳細を確認する必要があります。
①自社製品を確認することで、調査する技術の外縁を把握し、
②実施形態を確認することで、調査する技術/国の範囲を決めることができます。
①自社製品の確認
これから世の中に出す製品・技術の詳細を確認します。
特に製品がどのような部品(要件)から出来ているかに着目して、その部品ごとに分解して製品を捉えます。
このとき、既に知られているモノ・技術と異なる特徴的なものは何かを意識することが重要です。
例えば、「おろしハンバーグ」を例として考えてみましょう。
おろしハンバーグは、おろしソースと、ハンバーグに分けられます。
さらに、おろしソースは、大根、しょうゆ、みりんと分けられ、
ハンバーグは、牛肉、たまご、たまねぎに分けられます。
このおろしハンバーグの特徴は、おろしソースとハンバーグの組合せと、牛肉100%が特徴です。
②実施形態の確認
次に、自社が製品を世に出すためにどの範囲で実施しているかを確認します。
つまり、「どこで」、「何を」するかを確認するということです。
「どこで」とは、自社がつくったり、売ったりする国のことであり、
「何を」とは、商流の中で自社がどの役割を担っているのかということです。
上図の例でいうと、日本でつくって売るので、「どこで」は「日本」になります。
また、おろしハンバーグの商流は、材料をメーカーや農家から仕入れて、おろしハンバーグを自社でつくってお弁当屋さんに売って、お弁当屋さんが他のおかずと一緒にしてお弁当として売る流れです。
この商流の中で、自社の役割はおろしハンバーグを自社でつくってお弁当屋さんに売ることです。つまり、「何を」は「おろしハンバーグの製造販売」ということになります。
以上より、実施形態は「日本」での「おろしハンバーグの製造販売」に絞って調査すればよいということになります。
(材料はメーカーや農家、お弁当はお弁当屋さんがそれぞれ責任を負うので、通常調査範囲外とします)
侵害予防調査(クリアランス調査)
自社製品の詳細確認の結果に基づいて、侵害予防調査を実行します。
侵害予防調査の流れは、前述の通り以下の通りです。
- 検索母集団の作成
- スクリーニング
- 精査(自社製品と他社特許の対比)
まず、検索母集団の作成をします。
検索母集団とは、自社製品に近い特許を含む特許群のことです。侵害予防調査のポイントの一つとして、もれ無く他社の特許侵害をしていないか調べることですので、まずは調べたい範囲を広く含むように検索母集団を検討します。
次に、作成した検索母集団から、明らかに異なるもの(=ノイズと呼んだりします)を除外して、調べたい範囲に絞ります。
最後に、絞った範囲にある他社特許と、自社製品を詳しく比べて、自社製品が他社特許と抵触していないかを確認します。
特許調査で用いるデータベース
特許調査で用いるデータベースとしては、無料又は有料のものがあります。
以下、各データベースについて、代表的なものを簡単に紹介します。
なお、以下のサイトに分かりやすくまとめられているのでご参照ください。
日本特許データベース(つばめリサーチ) (tsubame-research.com)
①無料のデータベース
・特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)
独立行政法人工業所有権情報・研修館(INPIT)が運営する特許等の産業財産権関連の公報データベースです。特許庁の所有データと略同一のものであり、収録データの正確性の高さが担保されていることがポイントです。
インターフェース等、直感的に入力できるようになっているので、初心者の方でも簡単に利用できます。
・Espacenet
欧州特許庁及び欧州特許条約加盟国の特許庁が提供する特許検索のためのデータベースです。もれの無さや翻訳機能等を考えると、外国特許についてはEspacenetがおすすめです。
②有料のデータベース
・PatentSQUARE
パナソニックの特許調査支援サービスであり、特に柔軟な検索式の作成や、多彩な検索母集団の抽出方法が強みです。
・Orbit Intelligence
グローバルな収録データ、直感的な検索、また検索母集団の見える化が可能なデータベースであり、広範な調査範囲や調査方法をひとまとめに実行できます。
侵害予防調査の例
次に、侵害予防調査の流れを「おろしハンバーグ」を例として紹介します。
①検索母集団の作成
まず自社製品に近い特許群を含む検索母集団、つまり調べたい範囲の特許群の特徴を加味した検索式を作成します。検索式の作成に関する重要な項目として、キーワード及び特許分類があります。
・キーワード
文字通り、任意のキーワードと、その記載箇所(請求の範囲等)を設定して、該当する特許をヒットさせます。直感的に分かりやすい検索方法ですが、キーワードには振れがあるので、もれには注意が必要です。
・特許分類
特許分類とは、特許庁によって出願ごとに付与される技術分類です。
代表的なものとして、IPCやFI、Fターム等があります。分類が多岐にわたり、かつ細分化されているので少し難しいですが、もれの無い調査を行う上では、上記のキーワードと組合わせて使うことが重要です。
例えば、おろしソースは、「大根」と「ソース」の組合せなので、
キーワード:(おろしor大根orダイコン…)and(ソースorたれ…)
特許分類(IPC):A23L 2 and A23L 1/24のように表現できます。
このキーワードと特許分類を組合わせることで、もれ無く、かつ自社製品に近い特許群を母集団として抽出することができます。
②スクリーニングと③精査
・スクリーニング
検索母集団が作成できれば、次はその母集団をスクリーニングします。
もれが無く網羅性の高い母集団を作成すればする程、自社製品とは関係の無い特許(=ノイズ)が混ざってしまします。これを取り除くのがスクリーニングです。
スクリーニングは各特許の請求項等をエクセル等でリスト化して、各請求項を実際に確認した上で明らかに異なるものを除いていきます。一件一件もれの無いように注意深くみる必要があるので、大変な作業です。
・精査
最後に、スクリーニングで絞った特許(群)が、自社製品を包含していないか精査します。精査方法としてよく用いるものが対比表(クレームチャート)であり、自社製品を要件ごとにリストに分けた上で、各要件全てを含む特許が無いかを一件ごとに確認していきます。
例えば、右表では全て「同」の特許が無い、つまり自社製品を包含する特許が無いですので、この製品は世に出してもよいという判断ができます。
・おまけ(その後の調査)
但し、特許は出願されて1年6ヶ月は原則公開されませんので、これから新たに自社製品に近い特許が出てくるかもしれません。このため、作成した検索母集団を定期的に確認する必要があります。これをSDI調査といいます。
また、もし自社製品を包含する特許が存在する場合は、そのままでは自社製品を世に出せません。この場合、自社製品を諦める(設計変更する)、該当特許を持つ他社から特許をもらうもしくはライセンスをもらう、又は該当特許をつぶす、といった選択肢があります。
このつぶす策として、該当特許を無効にするための先行文献を探すことがあります。これを無効調査といいます。
さいごに
侵害予防調査は、自社製品の詳細把握、それに基づくもれの無い検索母集団の作成、及び自社製品を包含する特許の有無を確認するものであり、自社製品に対する深い理解、網羅性の高い検索式の作成技術、一件一件の特許を確認していく細やかさと忍耐力が必要な仕事です。
また、関係する部署とのコミュニケーションも大切ですので、ある程度熟練を要するものです。
もし他社特許を侵害していたことが後で判明すると、自社が多大なダメージを負う場合もあるので、とても重要で責任の重いものでもあります。
一方で、やっている内は気が遠くなることもありますが、やり終えた後の達成感は何物にも代えがたいです。
(該当する特許が見つからなかったら、ですが…)