研究開発・知財部・特許事務所 特許出願業務におけるオーソライズの苦労

特許出願における利害衝突

企業における特許の出願・権利化フローは、概ね以下の通りです。
企業規模によっては、いずれかの項目が無い場合もあります。
(知財部が無い、研究開発部や知財部が直接出願する、等)

  1. 研究開発部が発明を創作する
  2. 知財部が入って、創作した発明をどのように出願するかを検討する
  3. 事業部等に対して、検討した出願内容をオーソライズする
  4. 特許事務所に出願を依頼する

前回記事に記載した通り、私の経歴はメーカー開発者→特許事務所→メーカー知財部員であり、上記フローにおける関係各所の立場を概ね経験しています。そんな経験から、各立場における大変なことやジレンマは身をもって理解しています。
https://blog.suepat.com/ip-business/

このように色々な立場の人間が関わる特許出願業務において、最も神経をすり減らす苦労ごとは「出願内容に対する関係各所のオーソライズ」です。
それぞれの立場において、当然検討事項や懸案事項が異なり、どうしても事業的・感情的な利害衝突が起こるためです。

各所が特許出願にあたって考えていること

研究開発部

基本的に、特許出願の対象となる発明は、研究開発部が創作します。
メーカーにおいて収益の根源をなす部署であり、特許を生み出す根源となる役割です。
主に特許を生業としている人間として、足を向けては寝られません。

研究開発者にとって、特許出願の基となる発明は自分が成したものであるため、その思い入れは非常に強いです。
私自身開発者として従事し、数十件の特許出願をした経験から、そのことを身をもって知っています。
研究開発者は「自分が創作した発明なのだから、自身が一番理解しているし、その考えは最も尊重されるべき」と考えています。

知財部

研究開発部が創作した発明、それに基いたクレームを検討して出願内容と方針を決めます。
事業全体の特許を把握した上で特許戦略、個別の出願内容を取りまとめる役割です。
知財部員には、技術及び法律の知識、全体を通してそれを最適化するセンスが要求されます。

知財部は、技術事項は当然に研究開発者の意見を尊重しつつ、法律的にその発明を特許として最大限活かすことが責務です。
知財部はその名の通り、知財の専門部署なので、それが自分たちのアイデンティティです。
知財部員は「企業の研究開発状況を把握しているし、特許に関する知識も有しているので、その考えは最も尊重されるべき」と考えています。

特許事務所

企業(知財部)から出願の依頼を受けて、出願書類を作成し特許庁に提出、その後の権利化手続きの仲介をします。
企業側からざっくりとまとめられた発明を、より具体的な内容として出願書類に落とし込む役割です。
特許事務所は、知財部よりも具体的な行政手続きに接しており、必然その内容に精通もしています。

特許事務所は、特に特許法に求められる権利化のための要件に留意しつつ、発明の内容を細かくヒアリングして整理する必要があります。
その名の通り、特許事務所は特許に関するプロフェッショナルなので、出願書類に責任を持つと同時に、その職務に自負があります。
特許事務所は「自身こそ特許に対する至高の存在であり、その分野に関する考えは最も尊重されるべき」と考えています。

各所がそれぞれに対して考えていること

各所の考えは、お互いにバッティングしており、その利害が対立することもしばしばです。
それぞれの考えが、個別にビジネスとして合理的である点は否めませんが、それを全体として最適な形で組合せることは非常に難しいです。
特に、お互いの専門性や職務領分があるので、感情的な対立が生じやすい面もあります。

  • 研究開発部は、自身が考えた通りの発明を出願した上で、その内容を文献として後世に残しつつ、あわよくば権利化したいと思っていますので、その内容にアレコレ口を出してくる知財部や特許事務所が鬱陶しいです。
    一方、特許の知識は十分でない場合は多く、企業全体の特許状況の把握や出願書類の作成は工数上厳しいものがあります。
  • 知財部は、全社的に発明を効果的な出願・権利とするように、適切な出願内容への提案、特許的な表現への添削を行います。
    発明の内容に一々拘る研究開発部が鬱陶しいですし、自身の添削内容を更に修正しようとする特許事務所は不愉快です。
    但し、発明や行政手続きについて、それぞれ研究開発部と特許事務所の方が専門性を有しているので、意見を取り入れざるを得ない面はあります。
  • 特許事務所は、プロフェッショナルとして、適性かつ正確な表現として出願書類を仕上げます。
    研究開発部に対しては細かいヒアリングをせざるを得ないことが鬱陶しいですし、知財部に対しては領分が被っていることからアイデンティティのぶつかり合いとなることもあります。
    そのような状況においても、クライアントとしての企業側にあまり強く主張できないというジレンマがあります。

最適な出願に、円滑につなげるためには

特許出願において、各所の立場、能力、役割等に起因して利害衝突が生じることが多いです。
しかしながら、各所の目標は「最適な出願をする」ことで共通なハズです。

その共通目標に沿って円滑な出願につなげられるキーマンは特許事務所の弁理士だと考えています。
具体的には、以下のような点が重要です。

  • 発明を特許出願として落とし込む過程を含めてアウトソースしてもらえるような圧倒的な知識と能力を示す。
    (知財部の本来の役割は、個別出願ではなく、全社的な知財戦略を考慮した研究との協働)
  • 特許出願として適する形に修正する場合は、根拠を示しつつ合理的に説明し納得してもらう。
  • 研究開発部、知財部それぞれが提示する案のいずれかを却下する必要が場合は、感情的な面を含めてフォローする。

上記のような特許事務所となるためには、日々の研鑽や、企業関係者に対する信頼の獲得が必要であり容易なものではないです。
一方で、この先生き残っていく、また必要とされる特許事務所はかくあるべきと考えます。
私も近々、地元で特許事務所を開業する予定なので、そのような弁理士となれるように、研鑽を続けていく所存でございます。

余談ですが、もう一つの円滑な出願とする方法は「出願フローをシンプルにする」です。
例えば、研究開発部に出願・管理機能を統合することでその後のフローを省略する、等です。
(そうすると、私の存在価値は無くなってしまいますが。)

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